風を感じて(其の2)

(1月1日・其の1より続)

 飛鳥天平時代から現代まで、もっと以前から、人間は、何度も何度も争いを繰り返し続けています。

 自分を善とし、他を悪として、名誉、財産を追い続け、自分の思い道りにいかなければ怒りを起こし、無理やりでも自我を通そうとする人間の愚かさ、非情さから離れることができません。仏さまの願いとは真反対の私なのです。

 聖徳太子が「和を以て貴しとなす」「礼を以て本とせよ」「我必ず聖に非ず、彼必ず愚かに非ず、共に是れ凡夫ならくのみ」(十七条憲法一条・四条・十条)、と申していかれたことは、いつの時代であっても仏さまの教えを聞き、その教えを仰いでいくことの大切さをおっしゃった言葉でありましょう。

 その教え、仏の光に照らされて気づかせていただくわが身は、煩悩を抱え、常に自我に奔走させられ、迷いの真只中の我がいのちのすがたがあります。
 普段はニコニコ顔ですが、ひとたびカーッとなれば何をしでかすかわかりません。

 太子はまた、「外面如菩薩、内面如夜叉」といわれ、親鸞聖人は、

 「悪性さらにやめがたし こころは蛇蝎のごとくなり 修善も雑毒(ぞうどく)なるゆゑに 虚仮の行とぞなづけたる」

 「蛇蝎奸詐(じゃかつかんさ)のこころにて 自力(じりき)修(しゅう)善(ぜん)はかなふまじ 如来の回向をたのまでは 無慚無愧(むざんむぎ)にてはてぞせん」

と和讃にうたわれつつ、そのわが身を如来は常にいだきたもう、みちびきたもう、願いたもう、お慈悲のおはたらきが南无阿弥陀佛と届いてくださるのです。

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