<朝倉市 森田さんより>

<御同行・落合さんより>
「明日は無量寿会でしたな、参らせていただきます」と毎回楽しみに待っておられる方から、お電話をいただきますとこちらも気合が入ってまいります。

この度の例会は「書いて味わうおつとめ」として『重誓偈』の12句6行を書きました。
岡田さん声調で、『正信偈』のおつとめのあと井関さんの挨拶、お茶タイムのあと書写にとりかかりました。
皆さん真剣に書きはじめられました。20分程で終わるかと思いきや、丁寧にしっかりと書かれ、1時間ほど手を動かされていました。
「久しぶりにペンを持ちました」「日ごろなかなか書くことが無いのでほんと久々です」、集中力の持続されたことに感嘆いたしました。
本堂から涼しげな声の響きが流れてきました。
流行禍でお休みが続きましたが、久しぶりに皆さんにお会いしました。お休みの間のことをお聞きしたりすると、カルチャーセンターに行きましたとお話くださる方もおみえでしたが、多くの方は「草取り」と話されました。
あまり草を取りながら歌うということも無いでしょうから、久しぶりの発声です。いつもの練習曲「うれしきは」と、『真宗宗歌』を久しぶりに歌いましたが、とても新鮮に味わえ、聞こえたことでした。
『真宗宗歌』は1923(大正12)年亀山市本宗寺の土呂基さんという方が作詞されたそうです。近い所の方と知り驚きです。
後日、土呂基さんを訪ねました。
現住職の大叔父にあたる方で、大正12年(1923)立教開宗700年にあたり、毎日新聞を通じて作詞公募した際に大阪湾を眺めて歌詞を書いたそうです。
その後病気になりご往生されました。
あまり話も聞いてなかったこと、すでにすべて焼却されたため何も残ってなく、残念無念 とのことでした。

76年前の8月15日、多くの方の命が奪われた第2次世界大戦が終結しました。
しかし、未だ世界各地では、紛争が絶えない中、多くの人々が恐怖と不安、貧困のなかにあります。
人間とは何か、今を生きることとは何か、真の平和とは何であるのか。
今の世代に、次の世代に愚かな過ちを引き継いでいってはならない。響く鐘にこれら何かを感じていただけたらありがたいことです。ようこそ鐘を撞いてくださいました。

<御同行・落合さんからの寄稿>
私の母から聞いた話ですが、日本が経済的に貧しかった昭和時代、多くの家庭の食卓は麦ご飯、仏壇の御佛飯だけは白米をお供えしたそうです。
子供の遠足のお弁当はその御佛飯をおさげし、麦飯にまぜて握ったおむすびを持たせ、山へ。
山の天候など一行が困難に遭う中、そのおむすびを頂いた子は怪我もなく無事帰って来れたそうです。
お念仏のかかった御佛飯は尊く、有難く、おさがりを粗末にしてはいけないと、家族中で分け合っていただくものと聞かされました。
私もこの話を子供に伝え、御佛飯を有難く皆でいただき、日々感謝とともに御恩報謝に務めています。
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
合 掌
(※構成都合で原文を編集させていただきました)
《存仁寺かわら版/令和3年8月第1面》




