除夜の鐘

 除夜の鐘は、年をまたいで108つ鐘を撞きます。

 108とは、煩悩の数をあらわすとも言われます。
 煩悩とは、人間の持っている様々な心のありようをいいますが、煩悩とは親鸞聖人は

 『「凡夫」といふは、無明煩悩われらが身にみちみちて、
欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおほく
ひまなくして、臨終の一念にいたるまで、とどまらず、きえず、 たえず』

(「一念多念文意」『註釈版聖典』693頁)

とあるように、自分を中心に物事を見てしまう、自分さえよければいいという心です。

 誰もがそんな心に縛られているのです。

 また、お釈迦さまは「人生は苦なり」とおっしゃいました。

 生きることは苦しいのだと。

 
 「四苦八苦」という言葉があります。

「生苦」 (生まれてきたことの苦しみ、生きることの苦しみ)
「老苦」 (年を取ることの苦しみ)、
「病苦」 (病の苦しみ)、
「死苦」 (うまれたいのちは必ず死ぬという苦しみ)

の四苦。
 
「愛別離苦」(愛する人と別れなければいけない苦しみ)
「怨憎会苦」 (憎しみや恨みを持つ人と出会わなければならない苦しみ)
「求不得苦」 (欲しいものが手に入らない苦しみ)
「五蘊盛苦」 (見たり、聞いたり、味わったり、匂いをかいだり、痛みとかを体で感じたりする中で様々な苦が生じる)

の四苦。
これを四苦八苦と言います。

 ここで、掛け算です。2×1=2にいちがに2×2=4ににんがし・・・しく4×9=36・・・
はっく8×9=72 36+72=108 という数になります。
108とは、人間の抱えている煩悩や苦悩をあらわすことであり、だからこそ、この私に阿弥陀如来の

 「われにまかせよ、かならずすくう」
 「あなたをほっておけない」


とのすくいのはたらきが、煩悩の衆生と見抜かれた上にすでにとどいてくださってあります。

 鐘の音は、どんなふうに聞こえますか? 「ゴーン、ゴーン」と聞こえてきます。
つまり「ごおん(ご恩)、ごおん(ご恩)」と阿弥陀如来のおすくいの中にある私であるからご恩に気づいてください。
今年もご恩の中です、新しい年もご恩の中ですと鐘の響きは教えてくださいます。

 自らの煩悩、苦悩に気づき、だからこそ如来のすくいがとどいてあることにあわせていただきます。

 お経さま『仏説無量寿経』の讃歌「讃仏偈」(嘆仏偈)には「正覚大音 響流十方(しょうがくだいおん こうるじっぽう)」と説かれています。

 仏のさとりが十方に響きわたっている。如来のすくいのおはたらきである無阿弥陀仏はすべてのいのちに響き、とどいてあるのですとのお示しです。
鐘の響きにも、阿弥陀如来のおはたらきを聞かせていただきます。

 新たる年も、宜しくお願い申し上げます。

 

合 掌  山田拝   

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