今年は、午前、10:30~と14:00~の2部に分け法要をお勤めさせていただきました。
読経の間、ふと、お一人おひとりの面影が浮かびます。
それぞれの人生があり、その大切な時間の中に出会い、時間を共に過ごせたこと、その時間の長短や内容はもちろん様々でした。
ご法事などお参りの折に語った方、旅行や行事などもいつもご一緒させていただいた方、あの笑顔や言葉、懐かしい時間。
「念仏成仏これ真宗」、阿弥陀如来のおはたらきは南無阿弥陀仏のみ名となり、今この私にとどいていてくださいます。
如来さまのはたらきによって浄土に往き生まれ、阿弥陀さまと同じ智慧の光、慈悲の壽命(いのち)をあらゆる生きとし生けるものの上にかけつづけてくださるのです。
私を照らし、摂取(おさめとり)していつでも一緒に人生を歩んでくださいます。
また、智慧のはたらきは、「それでいいのか」と、煩悩に惑う私を訓導してくださいながら、私も往生浄土への人生を歩ませていただいています。
「倶会一処」、またおあいさせていただきましょう。
いや、今もなんまんだぶつの中で遇っています。
地元椋本のお盆参り。戦後もしばらくは、椋本7カ寺がそろってまだ日も明けない頃から、一軒ずつすべての家を廻りお参りされていたと聞いています。
さて、今年は次男もお盆の休暇にお参りの手伝いができるということだったので14日は予定を組んでいたのですが扁桃炎で急きょ帰れなくなり、娘もたくさんお参りさせていただきました。
「今年は初めて奈那穂ちゃんに参ってもらいました」と、普段は園に勤務していて、中々お寺に携わることも少ないのですが、お盆だけは有難いことに法衣を着てまわってくれます。
ご門徒皆さまの温かいまなざしに感謝です。
今年も終日、参拝の方々、「8.15津・平和の鐘」のポスター案内よりお越しになられた方が鐘を撞いてくださいました。
鐘には戦没者の法名も記されています。
昭和19年11月、東シナ海で17歳で戦死された方の甥とおっしゃる方が鐘を撞かれ、ゆっくり心を込めて「平和を願う」姿。
いつまでも次世代に受け継いでいってもらいたいことです。
<御同行・落合さんからの寄稿>
連日の猛暑とお盆。
まだ流行禍の中ですが、本当に嬉しいことに今年は離れて暮らす子供たちが帰省してくれました。
孫、曾孫たちも一緒に墓参、平和の鐘を撞きにお寺を参拝です。
鐘の音が心に響きます。色々な事が追想され、思わず涙が・・・。とても幸せな時間を過ごしている事も重なり、感無量の想いで迎えたお盆でした。
鐘ついて 千々の想いや終戦日
来て嬉し 帰って安堵や 曾孫の盆
有難うございました。感謝、感謝。
南無阿弥陀仏
合 掌
(※構成都合で原文を編集させていただきました)
《存仁寺かわら版/令和4年9月第1面》







