昨年は、5月には親鸞聖人750回大遠忌法要・本堂修復・書院落成慶讃法要を勤修、夏には前坊守初盆・一周忌法要、暮れには若院と千聖さんとの仏前結婚式を挙行させていただくことが出来ました。
これひとえに仏祖のおかげとお同行皆さまのお手厚いご懇念によってご修行出来たことと、衷心より御礼申し上げます。
さて、新しい年を迎えました。今年は親鸞聖人がご誕生されて850年。聖人が浄土真宗の教えをあきらかにされた「立教開宗」800年の慶讃法要が、3月29日より5月21日までご本山で修行されます。
有縁の方々とご参拝させていただき、今ここに生かされている不思議さ、尊さ、有難さを深く味わってまいりたく思います。
18年前、東海教区少年連盟で日めくりカレンダーが作製されました。
法語の募集で、若院の「お父さん お母さんがいたから ぼくがここにいる」という言葉が採用されたことがありました。
私がここにいることは、父、母が生まれ、であったから、父母が生まれたのは、祖父、祖母が生まれ、であったから、さかのぼれば本当に有ることが難いと言わざるをえません。
そのことを尊く味わうならば、私が浄土真宗にであったことは、親鸞聖人が誕生され、90年のご生涯様々いずれの苦難の中にあっても、阿弥陀如来の願いはいつでも、どこでもあなたとともにあるのだと南无阿弥陀佛とはたらき、私にとどいていてくださっている。
そのお喚び声を聞き受けられ、お称名させていただくことの尊さ、不思議さを多くの書物に著わされ、讃えられ、お伝えくださったからであります。
「親鸞さま、ようこそお生まれくださいました、ありがとうございます、私もおあいさせていだきました」と味わいたく思います。
30年前私たちの挙式の司婚をしてくださった故浅井成海先生が祝辞にて、
「これからの人生も曇りの日もあれば、嵐の日もあるでしょうが、二人が手を携え、多くの願いの中にあること、仏さまのみ教えを大切に聴聞していってください」
と、おっしゃられたことを思い出しました。
今の世を生きる私たちも、無常の理の中に、多くの困難が日々起こってまいります。
「まさか」こんなことが起こるとは・・・と、言葉を失ってしまうことや、自分のふがいなさに叫びたくなるような時も出てまいります。
自分のはからいではどうにも出来ず、唯時間が過ぎていくだけであります。
たいへん難しいことですが、今月の法語(右欄上掲載)は、その厳しさと安堵の思いは、常に私に寄り添い、共に泣き、共に悲しんでくださる如来さまがおられることを聞き、仏のはからいにめざめさせていただく中に味わえることなのでしょう。




