白山町/専念寺の加藤幸子師とともにおつとめさせていただくことが出来ました。
御開山から直々にみ教えをいただいておる。やっと今生、なんまんだぶつ、仏法にあわせていただいたこともったいない。
「噫(ああ) 弘誓の強縁、多生にも値(もうあ)ひがたく、真実の浄信、億劫にも獲がたし。たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ」
一切がお念仏をよろこぶご縁でした。
時はいつでも今、もうちょっとしてからじゃあかん。仏法はつねに“今”この今が過去になり、未来になるんです。
今日は「薫習(くんじゅう)」について、周梨槃特(しゅりはんどく)尊者に聞かしていただこうと思います。
周梨槃特さんは『仏説阿弥陀経』の会衆でもあります。
お兄さんとお釈迦さまのお弟子になられたのですが、とても覚えるのが苦手で、なんでもすぐに忘れてしまう方でありました。
お釈迦さまも随分心配され声をかけられました。
「私は愚かで、何一つ覚えることができません」
と嘆く周梨槃特にお釈迦さまは、
「心配いらない、自分が愚かであると知ることは智者である。この箒で“塵を払わん垢を除かん”と繰り返しつつ掃除をなさい」
とおっしゃいました。それでもこの言葉が覚えられないと嘆くのです。
周りのお弟子達が声掛けをするようになりました。
そして、この言葉が染着いていかれ、「塵や垢って何だろう」一途に考え、やがて塵も垢も自分の心の煩悩であり、それを払うのであると覚られていかれたのです。
「自分もお法りに遇うまでは愚かなことばかり、そういういのちなのだから安心して生きていける」
と親鸞さまが教えてくださったおかげを思います。
横山(功)さん調声により「正信偈」のおつとめ。
法話では「人生の実り」について、皆さんそれぞれの自身の人生の実りについて問いかけてました。
「今が実りです」「自分にとって何かあるかなぁ」とおっしゃるかたも。
でも考えること、振り返ってみることが大切なのでしょう。「実るほど 首を垂れる稲穂かな」という言葉があります。
稲穂などが実るとその重りで頭が下がるように、善いことも悪いこともみんなひっくるめて今の自分があり、こうして様々なご縁を通じ阿弥陀さまのみ教えを聞かせていただき、そのお育て、様々なおかげさまの中のいのちであると知らされ頭が下がります。
「礼拝」という言葉、お礼をすることは拝するはたらきがとどいているのでしょう。
さて、今日のティータイムはお茶を点ててあがっていただきました。「美味しいお茶でした」と笑顔が溢れ、
後半では「秋の歌」のメドレーと「ひとりじゃなかもん」を歌いました。
11月は報恩講法要をおつとめさせていただきましょう。
保地さん調声で「正信偈」のおつとめ、住職より「浄土真宗と願い」についてのお話でした。
七夕の季節ですが、皆さんは今どんな願いを持たれていますか?という問いに、
「浄土真宗ではお願いはしない」
「仏壇の前で願いはしないけど、1日のあったことをあれこれ話しています」
「お地蔵さんではお願いをしている」
などなど様々。また、
「やはり、お願いというか、『今日も無事に』という思いが出てきます」
「夫の写真にいつも話しかけます」
という方もいるようです。
お地蔵さんや観音さんは、菩薩さまです。
菩薩さまは仏さまになるためのご修行をされていらっしゃる聖者で、自利(さとりに向かう行い)利他(他をすくう行い)の願いを持っておられます。
「四弘誓願」という菩薩さまの共通した願いがあります。その願いを成就されて仏・如来となられます。
また、如来が苦悩多き私たちに、仏縁を結ぶ手だて(方便)として菩薩や神とあらわれてくださっているのだとも示されています。
苦悩は尽きないから私の願いも尽きません。如来さまの願いを聞き、ナンマンダブ、ナンマンダブツとお称名の中に、「大丈夫、安心なさい」という如来のはたらきとともに人生を歩ませていただきましょう。
茶話会のあと、坊守さんから連想ゲームで頭の体操。
「夏、赤い、種」→「スイカ!!」「正解!!」
「食べ物ですか?」→「イエス」
「色は赤?」→「ノー」
「では白ですか?」→「イエス」
「流したりしますか?」→「イエス」
「ソーメン!!」「正解!!」
そして、7月~8月は盆踊りですから「しんらん音頭」「法輪音頭」。振り付けはできませんが歌で味わいました。
踊りましょうかよ しんらん音頭
身ぶり手ぶりもいきいきと
ソレ うたいましょうかよ
宗祖親鸞聖人降誕会を奉讃いたしました。
住職法話の後、お楽しみの茶話会では、丸橋さんより手作りの栞の配布、
法要愛唱歌の「みんな花になれ」と第17回世界仏教婦人会大会のゲストちひろさんの「お慈悲のちかい」を歌いました。
春彼岸の頃、無量寿会追悼法要をおつとめさせていただきました。
『仏説阿弥陀経』の読経の中、会員お一人ずつ法名軸の前でご焼香されました。
私は、仏前に額づき、座ることにより様々気づかせていただきます。
生前のであいの中に刻まれた時間のページが開かれます。
無量寿会で以前、5月に軽トラックに花御堂を乗せて各地区を巡ったことの思い出、毎月の例会のこと。
7月には一日研修でユラックスでのまったりとした温泉と食事、観劇を観てのデザートに舌鼓を打ったこと。
新年会でのかくし芸やゲームは面白くとても楽しかった時の姿。
先に往生された方々の笑い声や言葉が今でも響いてきます。
親鸞聖人が『正像末和讃』に
「南無阿弥陀仏の廻向(えこう)の恩徳広大不思議にて
往相廻向の利益には還相廻向に廻入(えにゅう)せり」
とうたわれました。
今、私にとどいてくださっている南无阿弥陀佛のおはたらきは、浄土に往き生まれる身と定まるとともに、仏と生まれ、またこの私に、有縁のいのちに還ってきてくださっているというのです。
常に生死、煩悩の中に埋もれて、執らわれ、貪りに、怒り腹立ち、愚痴から抜け出せない私が居るからこそ、悲しみや不安多き我がいのちならばこそ、常に寄り添い、倶に歩み、育んでくださるのです。
厳しい無常のご縁の中に
「往きし人 みなこの我に還りきて 南无阿弥陀佛と 称えさせます」
と歌を詠まれた方がいらっしゃいました。
残された私たちにとっても、深く尊く深い味わいです。
2月の例会は「お釈迦さまの涅槃会」。井関さん声調で「正信偈」のおつとめに続いて、住職のお話。
クシナガラにてお釈迦さまが入滅される前、最後の説法の時、阿難尊者が、
「今後は何をよりどころにして生きていけばよいのですか」
と尋ねますと、お釈迦さまは、
「自灯明・法灯明(自らを拠り所とし、法(真理・教え)を拠り所にしなさい) 。
比丘たちよ、今こそあなたたちに告げよう。諸行は滅びゆく、怠ることなく努めよと話されました」。
お茶タイムの後、皆さんで「冬景色」「冬の夜」「春よ来い」など、春にちなんだ歌をたくさん歌いました。
春の歌の後は、保地さんの指導で、証城寺の狸囃子を歌いながら、手話をしました。
来月は、お彼岸、追悼法要のお参りです。
井関さん声調で「正信偈」のお勤めで始まり、住職より「仙厓和尚と太宰府天満宮」のおめでたいお話(笑)を聴聞しました。
今年も流行禍の影響で会食はおあずけでしたが、ティータイムの後、丸橋さんより「色紙にウサギの絵と言葉を書いてみましょう」と作品作りが始まり、皆さんそれぞれに上手くできたようです。
そのほかビンゴゲームや、保地さんのお笑い川柳では初笑いのひと時をお念仏の中で過ごしました。
ご門徒さんもぜひ例会にご参加ください。楽しいですよ!




