(2月1日・其の1より続)
「南無阿弥陀仏」は阿弥陀如来が私を願い、声となり私にはたらきかけられているお姿です。
浄土に生まれさせ仏とさせる。あなたの人生一人では歩ませはしない。いつもそばにいますよ。
そんな願いが「南無阿弥陀仏」の声となってくださいました。
その声は、私たち一人一人に至り届き、私たち一人ひとりいっぱいに満ち、また「南無阿弥陀仏」の声となって私のこの口からこぼれ出てくださいます。
私たちの口からこぼれる「南無阿弥陀仏」どのように味わっていきましょう?
それぞれの人生の中に、阿弥陀さまが、また、先にお浄土の仏となられた方々が、同じ「南無阿弥陀仏」のはたらきとなって、この私に至り届いてくださいます。
人としての接点は、いのちの限りではありましょうが、仏としての接点は、無量寿(かぎりなきいのち)ですから、いつまでも、いつまでも続いていきます。
私のことを思うとの声が「南無阿弥陀仏」の声であるならば、私たちのお返事もまた「南無阿弥陀仏」でありましょう。
さよならで終わっていかない「いのちのであい」「ご縁」が恵まれていく。
これが「南無阿弥陀仏」のお救いでありました。




