あどみん帖(2404)

 先月のあどみん帖「命の矛盾」に続く話です。

 先日、自動車の運転中に豚を運ぶ畜産業者さんのトラックを見ました。”出荷”のための運搬だったかもしれません。

 前置きとして、わたし管理人には猫4匹。人でなくとも“命”というカテゴリーを日々身近に、ペットではなく家族として生活しています。
 そのせいか、この豚たちの光景が想像通り出荷だとすれば、「豚たちは何も知らず、間もなく精肉場で姿を変える」というものの見方をしてしまいました。

 だからといって畜産業者さん、精肉業者さんを否定することもなければ、直接的に命を相手にする事への少なからずの思いを持たれ、食する人が生きるための尊い仕事と敬う気持ちばかりです。

 私も普段ではそんな事も半透明に、食欲や満足だけを求めた先で、豚、牛、鶏などの食用肉をスーパーで買う、焼き肉店に入る等で食べている。
 「精肉された肉だから食べられる」という理屈は一般的と思いますが、ひとたび大災害などで食料に貧する状態にもなれば、「生きている豚を捌いてまでは食べられない」と行動できるだろうか?。
 おそらく捌いたことが無くとも、空腹が自他問わず目的が先立つものと、想像には易いと思います。

 先月は“自己の命”、今月は“他の命”について。そこには必ず選択自体が困難な事象が含まれています。
 ただ共通して言える事は、「どちらの命も良くも悪くも関わってゆく」という、やはり矛盾を含むテーマであると感じます。

 どうあれ命に真摯に向き合い、自己であれ他であれ命に最大の敬意と感謝を払うことが、生きる上で最も大切なことではないか。

 と、偶然見かけた光景からも、自分なりにわずかながら学びがあったような気がします。

ブックマーク パーマリンク.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

  •  「存仁寺便り」へ皆様の自由な投稿をお待ちしております。
    このサイトをご覧いただく皆様からの心温まる話、誰かに話したい日常で起きた出来事、仏教に対する疑問・質問 ・・・などなど。
    幅広く情報交換、コミュニケーション作りができればと考えています。投稿お待ちしております。

    ※投稿いただいた内容における個人情報については厳重に管理し、当サイト構成目的以外では使用いたしません。著作権は当サイトに移譲させていただき、ページの構成上、一部または全文を編集し掲載する場合があります。
    誹謗、中傷内容、公序良俗に反したり、当サイト協賛者除いて営利、宣伝目的を含む内容についてはご遠慮願います。掲載等いっさい致しません。