
兵庫県より2年ぶりに佐々木大観師よりお取次ぎいだき、秋季永代経法要をおつとめさせていただきました。
「浄土真宗はどんな宗教か?」
聞く宗教ですから、お寺に参って仏さまのみ教えを聞かせてもらうことが、人と生まれて一番の要。
何を聞くのか、法蔵菩薩がすべてのいのちを救わずにはおれないと五劫の間考えに考えて四十八の願いを建て、兆載永劫の間修行されて阿弥陀如来となられた。
この私を極楽浄土にまいらせてくださる。だからそのことを聞いたなら、「ありがとうございます」「もったいないことでございます」とお礼させていただくのです。
それは、自分だけか?大事なことや孫も同じ救いのはたらきがとどいている。
それならば皆でお礼を言わなあかん。幼い子どもがものをいただいたら「ありがとうは言うた?」と、親が子どもに言い聞かせるでしょう。
お礼の言える子になってほしいという思いがあるから、大切なことを伝えるじゃないか。
阿弥陀さまがおられなかったら一体どこへ行かれますか?
我々は仏となる因も、徳も何一つとして持ちあわせてはいない。
そんな私がこの度は、阿弥陀さまにお救いにあずかって極楽浄土にまいらせていただき、仏ならせていただくのです。
ナンマンダブ、ナンマンダブありがとうございます。お礼をいわにゃいかん。
後姿を見せていかないと、ご報謝は努力していかないと。
仏さまにならせていただいたら、仏さまから背を向けどうしのものを導いていかんならんから忙しいで。
「引く足も称える口も拝む手も弥陀願力の不思議なりけり」
お称名
<御同行・落合さんからの寄稿>
年々夏の暑さ、長さが増しに増す気候変動で、爽やかな秋の気配は感じられるのはいつぞや・・・。
今年は10月に入ってもなお暑さが続きましたが、存仁寺の秋季永代経法要を迎え、意識だけは秋という時期を感じました。
例年であれば9月半ばともなれば、安濃川(津市)河岸にお彼岸を告げるように咲く彼岸花も当のお彼岸中でさえほとんど見かける事ができません。
なんでもそこは地元住民かたがたが「花街道」作りで除草などの手入れをして下さっているとの事。
永代経法要の後、朋友の車で安濃川沿いへ彼岸花景色を鑑賞に向かいました。
遅ればせですが真赤に萌え咲きの花街道はお浄土への道の如しと、不思議な想いとともに満喫させていただきました。
同行くださった朋友への感謝を込め、一句。
つきぬけて天上の紺 曼珠沙華
西国の畦 曼珠沙華 曼珠沙華
猊(しし)もたぬ 石も仏や 彼岸花
※「猊」(げい)= 仏様、高僧などが座る座席をあらわします。
合 掌
(※構成都合で原文を編集させていただきました)
《存仁寺かわら版/令和7年12月号第2面》




