東光寺の東井義雄先生

拝まない者も おがまれている
拝まないときも おがまれている

 
 今月の法語カンレダーの言葉は、永く教員、校長をされ、講演や執筆活動を活発になさっていた兵庫県東光寺の東井義雄先生のあじわいです。

 様々の著書や毎年探究社から出ている「ほのぼのカレンダー」には、あふれんばかりの素直な言葉一言一言に、今ここに生きている自分のいのちの不思議さ、おどろき、気づき、尊さ、仏さまのお慈悲のぬくもりが伝わってきます。
 

「しあわせに小さいのはない 大きいのばかり」
「光いっぱいの朝 光いっぱいの世界」
「おとせばこわれるいのち だからこそ このいのちが尊い」
「働きづめに働いている心臓 ほらいまも」
「人間はみんな すばらしい」
「おかげさままの どまんなか」

 
など、数多くの先生自らの感動や味わいが、人びとの心を打ちます。
 書籍の「序章」に、お連れ合いの富美代さんの言葉がありました。

 「最後の最後まで、公私共に誠実一筋に生きた人でした。貧しい寺の子として生まれ、子供の頃に実の母親と死に別れた主人。
体も弱く、不器用で自分を表現することの苦手だった主人は、普段の生活、学校、進学、進級のなかで、人一倍、挫折と後悔、失敗を経験してきた人でした。
 それらの貴重な体験によって、教師時代以降、どんなに弱くてちいさな『いのちの輝き』にも、常にやさしさと、共感に満ちた眼差しを向けることができ、『生きていることのただ事でなさ』に気づき続けることができたのだと思います。」

(「おかげさまのどまんなか」より)

 
 先生の苦悩の人生を通じて、誰もが仏さまから願われ、
拝まれ、つつまれてる尊いいのちを恵まれてあるんだよ、と今も喚んでくださっているのでしょう。

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