無量寿会報恩講 11月5日
一志町専念寺の加藤幸子先生にお越しいただき、今年も、無量寿会報恩講をおつとめさせていただきました。
先生は全身よりお念仏に遇えた慶びをお話くださいました。

流行禍感染の時代、誰が予測したでしようか。そして、誰もが孤独さや淋しさを感じているのです。
それは、闇の中にいるからです。見通しがつかない、思うようにならない、縁によって一切が変わっていく不安がある中に、私たちは、お念仏のもったいなさ、有難さにあわせていただいたのです。

ご門徒さんがあるお座の折、絶対に許せない人があり、腹が立ってムカムカしていたそんなとき、そんな思いでお勤めさせていただいている自分が恥ずかしいなあと思っていたら、
「悪性さらにやめがたし こころは蛇蝎のごとくなり 修善も雑毒なるゆゑに 虚仮の行とぞなづけたる」
と聞こえた。誰のことでもない私のことだと心が軽くなったと語ってくださった。
私の居場所は、無明煩悩、自己中心な価値観、執着の心ばかりの中ですが、こちらが願いも頼みもしないのに如来の家に住み替えられていたのです。「回心というは自力の心をすつるをいうなり」と、ご開山がおっしゃってくださっています。
親さまがいつも私の心に寄り添い、私の心をひるがえしてくださるのです。だから、ありがとう、お恥ずかしい、もったいないことと言えることが、私の励みとなってくださいます。
お念仏の行者はいつも育てられ盛りです。




