あどみん帖(2403)

 ご覧になった方も居ると思いますが、先日テレビの報道番組で”安楽死”についての特集を放送していました。

 一言で言うなら「命の矛盾」という感想です。

 「”限りある命”、”人生について”といった観点で」「目の前の恐怖や苦しみから」・・・等々。
 誰しも生きている中で何らかの形で「死」について考えたことがあるのではないでしょうか。

 「不治難病の耐え難い苦しみからの解放」と「その自分に関わる家族のこれから、これ以上の負担」を悲観し、「選ぶべきでない選択」を「選ばざるを得ない選択」で尊厳に至るという姿。
 画面加工されていたものの、実際の終焉までが映されていました。

 映像はもとより、当事者の方とそのご家族、深いカウンセリングと尊厳尊重の結果、許可をする医師、仕事とはいえ直面した報道関係者・・・の心向き、自分がそのいづれかの立場だったら・・・と考えると「筆舌に尽くしがたい」という言葉以外ありません。

 この番組の話に限ったことではなく、”みずからの死”の選択に直面する事態、状態には、「命を全うしたい」当事者、「命を全うしてほしい」という家族、関係者があり、与えられた命で生きる事が疑う余地なく当たり前なのに、それぞれ

 「せめて・・・」「叶うものなら・・・」という接頭辞のもとに”生きること”を願うしかすべが無く、
それぞれ、
 「本当は・・・」という接頭辞のもとに”命を絶つ”、”命を絶たれた”という結末しか無い。

 という、これ以上無い大きな不平等と矛盾の中で誰もが生きているように思います。

 番組中「私のような”苦しみを抱える人々に優しい社会”であって欲しい。」と残された言葉が深く刺さりました。

 人が”生きる事”への強さを求めたり、弱さを感じた時、その弱みに付け込む輩は論外ですが、薬や規範というような”よりどころ”となるのが哲学や宗教の存在であり、「”ひとりで生きているわけではない”事の証明」なのかも。

 と、自分なりにですが、「命とは」・・・わずかながら学んだような気がします。

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