今月も先月のあどみん帖「矛盾」をベースにした話になってしまいます。
まるでシリーズ化したいような体ですがそのつもりはありません(笑)ご静読いただければ幸いです。
先日、経済的貧富の“貧”側を「貧であることを理解しなければいけない、教えなければいけない」という主旨でコメントする著名人のインターネット動画を見ました。
経済的に貧しい人を斜め上から見ての主張というより「“足るを知る“的に考えること」、「だから学ぶことを怠るな」という趣旨を言いたいと解釈でき、正論とも思えました。
しかし現実を考えてみると、資本、社会、共産・・・自身が生きている社会の主義体制がどうであれ「経済的余裕を持つ者が“得るものを得やすい”」と、反論するにもキレイごとを言うしか返せないのが実態ではないかと思います。
例えば、より高度な学習を受けられる機会を得やすく、高みを目指す可能性を持てる人。本当は勉強したい、進学したいと思っていても勉強時間を労働時間に置き換えなければならない、学費の都合で進学をあきらめなけばならない人。が、存在します。
もちろん比類なき才能、能力ひとつ、突飛な幸運に遭うなど、貧富や学習機会と関係なく高みへ行く人もありますし、「学習機会」には奨学金を貰ってという手段もあります。
しかし奨学金は奨学金を得られるだけの学習量で出した結果が必要。という堂堂巡りとなるわけです。
(来月に続く)




