除夜の鐘は、年をまたいで108つ鐘を撞きます。
108とは、煩悩の数をあらわすとも言われます。
煩悩とは、人間の持っている様々な心のありようをいいますが、煩悩とは親鸞聖人は
『「凡夫」といふは、無明煩悩われらが身にみちみちて、
欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおほく
ひまなくして、臨終の一念にいたるまで、とどまらず、きえず、 たえず』
(「一念多念文意」『註釈版聖典』693頁)
とあるように、自分を中心に物事を見てしまう、自分さえよければいいという心です。
誰もがそんな心に縛られているのです。




