如来の喚び声

 早くも師走、今年は流行禍感染拡大の一年でした。パンデミック、感染爆発といわれるよう世界中に病気が広まり、重症化、死去される方もおられました。
 今も、命がけで治療にあたっておられる医療従事者の方々には本当に敬意を表します。

 今まで自由に、当たり前のように出来ていた外出など旅行や多数の飲食も感染防止から自粛要請があり、密を避けることから、人との距離をとる、マスクの着用、テレビモニターでの会議など生活も変わらざるをえない状況となりました。
 そして経済などの大打撃を被った、誰もが想像もしなかった不安な年でした。

 その中にあっても、様々の出会いがあり、別れがありました。臨終勤行に伺った折、「入院をしていましたので、病院では流行禍感染予防のため、話をすることも顔を合わすこともできなかった」と無念の涙を流されつつも、今までの感謝の念を話されました。

 先日、母がお世話になっている病院ではテレビ面会がはじまっていました。「どうせテレビ画面なので直接顔を合わすこともないし、手を握ることもできない、誰なのかも判らないだろう」と勝手な思いを持っていました。

 坊守と一緒に面会するご縁があり、「お母さん、判る、聞こえる」「ご飯は食べてますか、もうすぐ報恩講ですよ」、と何度も呼びかけ、看護師さんも言葉を取り次いでくださいました。
 ウンウンとうなずく姿はあるが、判っているかどうか十分間の面会時間が過ぎました。

 次の日は岐阜に嫁いでいる妹と面会をしました。「判る、どう、ご飯食べてるなど」呼びかけていましたが、疲れているのか横になったままで、テレビのモニターも見ているのかどうかも判断できない様子でしたが、ふいに母の目から一筋の涙がこぼれました。

 声が聞こえたのか、きっと心に届いたのでしょうか。
 

 ふと帰り道、私は如来さまの喚び声に気づいているのかと母の涙から考えさせられました。 

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