一休禅師からの手紙

 蓮如上人が、一休禅師と懇意にされていたとの話が多く残っています。

 或る時一休禅師から手紙が届いたそうです。そこには「極楽は 十万億土というからは お年寄りには とても行けまい」と歌が書いてあったそうです。

 「お経(『仏説阿弥陀経』)には、浄土とは「これより西方、十万億の仏土を過ぎて世界あり。名づけて極楽という。」

 その土に仏ありて阿弥陀と号す」と示されていることからも、遠すぎて年を重ねた方ではとても無理といわれたのでしょう。

 いやいや、若くても無理な話ですね。しかしこれは、距離だけのことではありません、それほど私の生き様は、悟りの世界とかけ離れていることでもあります。

 さて、その手紙を受け取った蓮如上人は、「極楽は 十万億土というけれど 近道すれば 南無の一声」と返事を書かれたそうです。どれ程かけ離れていようと、阿弥陀さまのすくいのはたらきは、既にこの私を迎え獲ってくださっているから大丈夫なのだよ、それが証拠に南無阿弥陀仏と出てくださっています。
 そこで、「近道すれば南無の一声」とお示しくださったのです。

 昭和三十年代は、まだ車社会ではなく交通手段はバスや電車、汽車の時代でしたから、私が幼い頃、大阪の母の実家に行く時には、乗り継ぎ乗り継ぎ、いつになったら着くのだろうと思うほど遠かったことでした。

 以前母が、ここに嫁いでくることが決まってから、祖母から「あんたは、誰も知り合いもない、また遠いところへと嫁いで行くのだから、私はいつでもあんたのことをみているでな」といわれ、不安なまま、貧しく、厳しかった中でも何とかここまでやってこれたという話をしてくれたことがありました。

 大切な方に思われ、願われている私であると、受けとめた時には、どれほど離れていようとも、いつもそばにいてくださっている、ともにいてくださることの温かさを感じて進むことができるのでしょう。

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