天人ともに仰ぎ見る

 年末年始、行列に並んで手を合わせている多くの人々の姿がニュースで映し出されていました。

 どの方々も手を合わせて少し頭を垂れて、しっかりと目を閉じています。「どうぞ私の思いを、願いをかなえてください」と参拝されているのでしょうか。

 また、或るニュースでは宮司さんが「神社は願いをかけるのではなく、感謝の思いでお参りください」ともおっしゃってみえました。皆さんはどちらでしょうか?

 しかし、お参りする側から言えば、ここは○○にご利益があるのだから私の願いを受けとめていただきたいと必死です。
 神さまの姿が無いから来た合図に手を打ち、目を閉じて祈るのでしょうか。それはお寺でも同じ姿が見られます。

 浄土真宗のお寺のご本尊は、阿弥陀如来(南無阿弥陀仏)です。「われにまかせよそのまますくう」と常に私に対して喚びたもう阿弥陀さまのおこころ、そのすくいのはたらきを形として示されたお姿です。

 『十二礼』には「稽首天人所恭敬」(天人ともに仰ぎ見る)と始まります。
 わたしたちは、お姿を仰ぎ見て阿弥陀さまのお心を聞くのです、阿弥陀さまから私に示されるメッセージを受け取るのです。

 あるお同行が、お参りされながら号泣されました。どうされたのか尋ねますと、「阿弥陀さんのお顔がお母さんと同じに見えた」とおっしゃったのです。
 お母さんのように今も変わらずに私に慈愛をもってつつんでくださっているおはたらきなのですね。

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