悲しみ多きゆえ 涙の仏さまが寄り添う (其の2)

(6月1日・其の1より続)

 師の世自在王仏より、この世の生きるものの全てを明らかに見せていただき、やがて広い誓い、深い願いを成就されて、いのちのみ親、阿弥陀さまとなられたのです。

 阿弥陀如来はたくさんのいのちあるものが流した涙の中から生まれ出た仏さまなのです。
 私の悲しみの中で、ともに泣きぬれる涙のほとけとなってくださり、この身に常に「南無阿弥陀仏」と寄り添い、喚びかけてくださったのです。
 ともに涙する親のまなざしとなっていつでも、どこでも私をつつみ込んでくださっています。

 母のお腹の中で、いのちが育っていくのは、胎盤から、へその緒(臍帯)を通して赤ちゃんに酸素や栄養が送られていくからです。阿弥陀さまは南无阿弥陀佛と私につながりとどいてくださっています。

 親鸞聖人は、
 「大慈・大悲を仏性といい、仏性を如来というのである。(略)大信心は仏性であり、仏性はそのまま如来である」

 (『顕浄土真実教行証文類(現代語訳)』)



 「信心よろこぶそのひとを 如来とひとしとときたもう 大信心は仏性なり 仏性すなはち如来なり」

 (『浄土和讃』)   



とお示しになり、阿弥陀如来がとどいてある相が、信心であり、仏果を開く因(仏性)となるのであることをお示しくださり、
南无阿弥陀佛は如来のいのちそのものであり、私の信心となり、お称名となって、いつもあなたとともにあり生きてあるとのおはたらきなのです。

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