手間をかけて

 おにぎりは家庭で作るのが当たり前でしたが、今では簡単にコンビニで買うことが出来ます。
 先日、友人からこんな話を聞きました。「聞いて!ついに自炊を始めた!」独り暮らしが長かった友人は、おかずは今までスーパーのお弁当や冷凍食品・・・。
鍼をやっている知り合いから、顔を見ただけで「栄養が偏っている。不健康」と指摘され自炊を始めたそうです。

 「最近何食べてても美味しく感じへんかったけど、自分で手間かけて作ったらおいしいわ。やっぱ手間かけるって大事」
ということを話してくれました。

 やっぱり手間って大切だなと思っていると、ふとこんなことが頭をよぎりました。

「わたしがお念仏するまでにどれだけ手間がかかったんだろう。阿弥陀さまがかけた手間ってどれくらいだろう」。

 「善導独明仏正意」でお馴染みの善導という中国のお坊様は、私たちのいのちの姿を、「永い間生まれ変わり、死に変わりを繰り返し迷いのいのちをぐるぐる回ってきた」と言われました。今、その迷いを超える阿弥陀さまのお念仏の教えに出遇えたのです。
 前世がどうとかはわかりませんが、おそらく生死を繰りかえしている間も、阿弥陀さまはずっと私たちを心配しておられたことでしょう。

 ですが私の方が、阿弥陀さまのはたらきに心を向けず、突っぱねて今まで来ていたのです。
その間も手を変え品を変え、ずーっと呼びつづけておられたのです。
 今ようやくお念仏を聞かせていただく身となりました。はたして生まれ変わり何代目でしょうか。
その間の阿弥陀さまがかかった手間は何億年分でしょう。

 煮こめば煮こむほどおいしいではありませんが、阿弥陀さまからみれば、手間がかかった分きっと一人ひとりがいとおしいいのちであります。
今ようやく「南無阿弥陀仏」を慶ぶ身とさせていただきました。


 
 ようこそあきらめずに願い続けてくださいました。

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