忍 辱

 仏教語に「忍辱(にんにく)」という言葉があります。
 辞書を引けば、「耐え忍ぶこと」という意味が出てきます。そのまま意味をとれば、ただ単に「我慢する」「耐える」ということになります。

 今まさに必要なことだと考えられます。

 「自粛中だから我慢する」「みんなも自粛しているから我慢する」・・・ですが単にそれだけでしょうか・・・。

 単につらいことを我慢し続けなさいという意味だけではないと思うのです。
私たちの世界は「娑婆(しゃば)」といわれます。娑婆とは様々な苦悩を抱え、それに耐えなければならないという意味です。

 つまり、思い通りにならない世界を耐え忍んでいかなければならない世界なのです。

 現在のように、学校や仕事に行けない、買い物もできない。または、事故や怪我、病気などでさまざまに「思うようにならないこと」に直面します。
 その時に、辛さや苦悩し、時に怒りが起こります。怒りはまさに自分を見失い、自分も傷つき、人をも傷つける姿です。

 インドに龍樹菩薩(りゅうじゅぼさつ)という方がおられました。「お正信偈」にも出てくる方です。
 その方の書物に「仏さまは忍辱の光を放って、私たちの瞋恚(いかり)の罪を滅する」という言葉が出てきます。
「忍辱」本来の意味はここにあると思うのです。

 「単に思い通りにいかないことを我慢する」という意味だけでなく、「思い通りにならないところ」に手を合わせて聞かせていただく。
「自分が、自分が」という思いを一端隣において、そこに大切な意味があったのではないかと見つめていくことが「忍辱」本来の姿であると思います。
忍辱とはその出来事に大切な意味があったと気づいていける姿であると思うのです。

 さて、多くの人が様々に自粛をしています。それは大切な人のいのちを守るため、大切な自分のいのちを守るためです。
 自粛という思い通りにならないところ、また、目には見えないところにも大切な意味があったのです。


 そして、その大切さに気づけよと呼び続けておられたのは阿弥陀さまでありました。

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