志村けんさんの名台詞のなかに「だいじょうぶだぁ」という言葉があります。
志村さんが流行禍による肺炎のため亡くなった数日後に「だいじょうぶだぁ」という言葉を掲示板に書いてネットのニュースになったお寺もありました。
私たちが日常的に使う「大丈夫」の語源は中国からです。
身の丈(たけ)一丈(じょう)の学識の備わった人を漢語で「丈夫」と褒めたたえました。
はじめは立派な人のことを言ったそうです。これが日本に伝わった時、室町時代に「あぶなげないさま」という意味にかわり、現在の使われ方になったようです。
しかし、中国に入る前は、「お経」の言葉でした。
お経には「大丈夫」とは、「智慧」と「慈悲」をそなえ、それに基づいて実践活動する仏さまの別称であると説かれています。
つまり、人のよろこびや悲しみを理解し、ともによろこび、かなしんでくださる存在のことを「大丈夫」といったそうです。
私たちは様々な場面でこの「大丈夫」を使っています。大丈夫の反対にあるのは不安でしょう。
特に今は流行禍の影響での不安、健康の不安、経済の不安、学校や職場、将来への不安を特に肌で感じます。
そんな時に誰かの「大丈夫」との声は私の今を支える大きな支えとなります。
「南無阿弥陀仏」とは言い換えれば阿弥陀さまからの「大丈夫」の声でしょう。
辛いときは「大丈夫?」と常に心配してくださり、迷うときは「大丈夫!」と背中を押してくださる。
「大丈夫だ」と。強がっていても、大丈夫でないことを見抜いてくださり、それでも私がいるから大丈夫だよと声をかけ続け、わたしのいのちを支える仏が阿弥陀さまでありました。![]()
その阿弥陀さまのお心にそって日々を歩むのが、念仏者であると親鸞さまは示してくださいました。
お互いさまに「大丈夫?」と声を掛け合いながら流行禍を過ごしてまいりましょう。
大丈夫
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