安田理深さん(1900年~1928年)の言葉
「如来の願心が 我一人に成就したのが 信心である」
如来の願心とは、『仏説無量寿経』に説かれる「生きとし生ける者すべてを、迷いの世界からさとりの世界、すなわち阿弥陀仏のお浄土に生まれさせる」という阿弥陀如来の願いのことです。
阿弥陀仏の願いは「生きとし生けるものよ」と万人によびかけられていますが、そのよびかけを聞き受けるのは一人一人の悩める「私」をおいて他ありません。
「夢の万能薬」はすべての病に効果がありますが、それを受ける人々が抱える病はそれぞれです。
風邪の人も、頭痛の人も、腹痛の人も、骨折の人もいます。すべての病を治療する効果があるから「夢の万能薬」と呼ばれるのです。
さて、阿弥陀仏の「すべての人よ」との呼びかけを受ける一人一人も、その抱えているものは様々です。
生老病死、愛別離苦(愛する者と別れていかなければならない苦)、怨憎会苦(遭いたくないものに遭わなければならない苦)、求不得苦(求めるものを得られない苦しみ)、五蘊盛苦(我が心身でありながら、思うようにならない苦)または、現代社会では漠然とした虚しさなどもあるでしょう。
もう生きれんと思うほどの苦悩や寂しさ、虚しさに届き、それでも、もう一度“今”と“ここ”を大切に見つめていく力、生き抜く力、少しずつ前を向く力を与えていくのが、私に向けられた心と願いでしょう。
信心とは、私が生じた「信じる心」ではなく、阿弥陀仏の願いをそのまま受け入れた私の心に生じる、安心と、生き抜く力のことでありましょう。




