いのちにとどく(其の1)

 阿弥陀如来は、生死を抱え、自己中心の心に執着している私であるから、あなたを救わずにはおれないと、まかせよ拯う、いつもあなたを支え、寄り添い、ともに浄土に生まれ往こうとの願いをかけてくださっています。

 その願いが私のいのちにとどいている姿が南无阿弥陀佛の声となって出てくださっており、この如来のおはたらきを「名号」といわれます。

 私たちは様々の縁のもようす中に人生を送っていますが、それぞれに厳しい現実にあたることがあります。特に大切な方との「死」に直面することは、受け入れがたい、耐え難い悲しみと「何故なんだ」という心の葛藤、混沌とした心が沸き上がってきます。

 親鸞聖人が「御消息」(お手紙)の中で「こころうく、かなしきこと」とやるせない思いを示され、大切な方との別れに、深く、計り知れない嘆きに、言葉を失ってしまっていると、その心の内を吐露されています。

 哀しみの中、辛さの中にどうしようもできない自分に慟哭したくなる、呻きたくなることが生じてきて、一人ひとりの抱えている心の中にあるものは自分ではどうすることもできません。
 もちろんそんな私に思いを寄せてくださる方もあり、そのあたたかな気持ちにありがたさを思うこともあります。

 また、悲しまれている方への思いを持ち、寄り添っていきたいと思っていても、それぞれの心の中までは入っていくこともできず、その方自身にゆだねていくしかないことや、相手に対して何もできない無力さを感じてしまうこともあります。
 

(3月16日・其の2へ続く)

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