茜 雲(其の2)

(11月1日・其の1より続)

 両親(おや)おくり 妻先にゆき 子の急ぐ 茜の雲は美しきかな

 ご両親、奥様、そしてご子息が先に亡くなってゆかれた人生の大きな出来事が上の句です。下の句は、その中でのご心境でしょう。
 ひとひらになってしまったその雲を、夕日が照らし、温かくつつみ込んでいるように、厳しい別離、孤独の人生の中で、なお、阿弥陀さまはこの私を照らし、やさしく包んでくださっていると味わっていかれました。

 「雲」は仏教では障害物に譬えられます。
 阿弥陀さまが照らしてくださるからこそ、別離、無常の黒雲、暗雲が、輝く茜の雲になったのです。

 土橋先生は晩年、ご著書の『雲わき雲光る』のなかで、
  願かけていのる心に先立ちて 寄り添うみ親あるを思わず
という歌を残されました。

 厳し人生の苦難の中で、願いをかけてでも、祈りたいと思うことも多々あった。
 しかし、私が願うよりも先に、阿弥陀さまが私に寄り添い、「まかせよ」と願いをかけてくださってあった。
 「私に残るのはもうただお念仏だけでありました。」
 と、ご自身のご生涯をあじわっていかれました。

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