この私が何者であれ(其の1)

 1975年のこと。イギリスのエリザベス女王が来日され、京都で西本願寺を参拝になられた折、当時の御門主(本願寺住職)はじめ、様々な方がお出迎えされました。

 女王が阿弥陀堂に入られ堂内をご覧になったとき、「人々は、いったいここで何を祈っておられるのですか?」と尋ねられ、本願寺御門主は、「いいえ、皆さんこちらでは何も祈っておられません。」と答えられたそうです。

 女王も「?」というご様子だったようで、御門主は、

 「ここは私たちの願いを仏さまに祈って聞いてもらう場ではありません、ここは仏さまの願いを私たち一人ひとりが聞かせていただく場所なのです。
 仏さまの光が、私がどこに居ようとも、私のことを照らしてくださり、包んでくださり、護り、導いてくださっていることを聞かせていただくのです。

 と、続けられると、女王は深々とお辞儀をされたそうです。

 『正信偈』の冒頭は「帰命無量寿如来、南無不可思議光」と始まります。これは、阿弥陀如来が限りない光と寿(いのち)の仏であることを讃えています。

 いのちが限りないとは、あらゆる時代を貫き私たちを救いとってくださる顕れです。
 光が限りないとは、この私がどのような世界に居ようとも、阿弥陀さまの救いの光は私を包んでくださっていることを顕します。
 

(3月16日・其の2へ続く)

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