会計現状報告、今年の行事、世話方会についてなど、会合が持たれました。
流行禍からの様々な課題を新しい発想で築き上げていく心意気。
雑談では、ボウリングの趣味から、バレーボールの指導のこと。お酒にまつわるうんちく話、城や歴史にまつわる講釈、釣りやゴルフ、車の話なども出てたいへん場が和みました。
総代皆さまそれぞれ多種多様な御趣味をお持ちです。
鶴:「お釈迦さんて誰や。」
亀:「なんやあんた忘れたんかいな。仏教説かれた人やないか。」
鶴:「そういやそんな人おったような気も・・・。」
亀:「しっかりしいや。」
鶴:「しっかりしとったらうっかりせんわ。」
亀:「もうそんなとこだけしっかりしとってどないするんや。」
鶴:「ほんでお釈迦さんはなんて言うてはったっけ。」
亀:「そらあんた、生きとるもんは老、病、死を背負いながら生きとるって言うてはるんや。」
鶴:「かめさんの甲羅みたいにか?」
亀:「そうや。生きるということはみな等しく、老いていくことであり、病になる可能性があって、またその裏側に死があるってことやな。普段は気にしとらんだけでな。」
鶴:「なんか、さびいしいなあ。どうにかならんのかいな。」
コーラスのあったこの日は東日本大震災の涙の日。みんなで「花は咲く」を歌い、井関会員さんからは、ボランティアにいかれた折の話を改めて聞きました。
休憩の時間に、総代さんとともに鐘を撞くご縁をいただき、初めて鐘撞いた、ここに上がったという方もおられ、ちょっと驚きました。
「永代経」とは、ずっと末永くお経が読まれ、み教えが繁盛、聞き続けるようにとの願いで勤められる仏事です。
お寺が護持され、子や孫がみ教え(浄土真宗・念仏の教え)を聞きよろこぶのが永代経の心です。
そうした願いと志から浄財や仏具などを故人になり代わって納めるのが「永代経懇志」なのです。
その報恩にて勤まるのが「永代経法要」です。
いのちを、み教えを私に伝えて下さった、故人やご先祖の遺徳を偲び、
何より私自身が聞法に励むことが大切です。

続いて焼香の作法をお話くださいました。
お香をたくのは、お浄土の清浄の荘厳を整え、阿弥陀さまを讃嘆礼拝することと、香りが広がり、衣にしみ付いたり、身に着ける(香水)のように、み教えを聞き味わう「薫習」のご縁をいただくことをあらわします。
《存仁寺かわら版/令和3年4月第2面》






